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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)1594号 判決 1997年11月19日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都渋谷区<以下省略>

被告

日本デリックス株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高橋理一郎

澤田久代

主文

一  被告は原告に対し、金七七八万七四一七円及びこれに対する平成八年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

被告は原告に対し、一三五〇万四七五〇円及びこれに対する平成八年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は昭和一二年生まれの会社役員である。

(二) 被告は、商品の売買等を目的とする株式会社である。

2  海外商品先物取引オプション取引について

(一) 海外商品先物取引オプション取引(以下「本件オプション取引」という。)は、例えば、(一定量の)銀を海外先物取引市場において、(将来の一定時期に)一二ドルで買う権利(買う権利をコール、売る権利をプットという。)を、プレミアム代金(例えば一〇〇ドル)を払って取得し、その後、銀の先物価格が値上がりすれば、プレミアム価格も値上がりするというものであり、権利行使すると商品先物取引に移行することになる。

(二) しかし、商品先物取引というだけでも極めて危険な取引であるが、わざわざ海外商品について取引するのが海外商品先物取引であり、①現地特有の事情で値段が変わる、②情報が日本に伝わりにくい、③寝ている時間に取引が進み、注文を出しても執行されるのが数時間以上後であることが多い、④為替リスクが加わる、⑤手数料が高い、⑥日本政府の監督も及びにくいなど、国内の先物取引に輪をかけた危険がある。

その海外先物取引をより複雑にしたものが本件オプション取引であり、そのプレミアム価格は日経新聞にも載っておらず、我が国の一般の公刊物には掲載されていない。また、そのオプション価格の値動きは一般人には予想不能といってよい。

3  本件取引の経緯

(一) 原告は平成三年秋ころから、株式会社プリネール(以下「プリネール」という。)と海外商品先物取引を行い、同社担当者の違法な勧誘の結果、約一五〇〇万円の損失を被った。

(二) その後、平成八年一〇月ころ、被告担当者B(以下「B」という。)から電話で本件オプション取引を勧誘されたが、プリネールとの取引で損失を被っていることを理由に断ったところ、同人は、原告のもとを訪れ、自分が原告の同社での損失を取り戻してくることを提案し、実際に同人は、原告の同社での損失のうち一二〇〇万円を取り戻してきた。

(三) そして、Bは、原告に対して、右金員のうち一〇〇〇万円で被告と本件オプション取引を行うことを強く勧め、原告が本件オプション取引など全く理解できないので強く断わり、全額を原告に交付することを要求したが、同人は、「一週間程度入れてくれたら、一週間で必ずプラスが出ることだし、それくらいのことはして下さい。でないと顔が立ちません。」と言うため、原告は被告との取引を開始したものであり、右金員のうち二〇〇万円のみを原告が実際に受領し、一〇〇〇万円は被告に入金された。

(四) 原告が被告との間で、同年一〇月一一日以降、別紙顧客勘定元帳のとおりの取引(以下「本件取引」という。)を行った。

(五) その取引の途中で被告から原告に対して報告書等(甲五ないし八)が送られてきたが、原告には損益が全く分からなかった。

また、その間、約束の一週間が経過したので、原告は被告担当者Bに取引終了を申し出たが、同人は、「お客さんにマイナスを出すと、会社の信用にかかわります。」と言って取引を止めさせなかった。

(六) その後、被告担当者Bは、原告に対して、真実は不足金が出ていないのに、「取引に損が出て不足金が生じている。」と虚偽の事実を申し向けて、同月二九日、原告から二二八万四七五〇円を騙取した。

(七) 同年一一月二八日、被告担当者C(以下「C」という。)らが東京から来て、新大阪駅で原告と会った際、大きな損失が出ているとして、「これまでと違ったやり方で損を回復させるので、自分達に任せて欲しい。」と言って、新たな取引を勧め、原告が断ったにもかかわらず、原告に無断で、オプションの「売り」一〇九枚の取引を行い、翌二九日、原告に了承のサインを求めたが、原告はサインに応じなかった。

その後、同年一二月一〇日、被告担当者は原告に対し、同年一一月二八日の取引については、なかったことにしてよいと申し入れた。

(八) 本件では、最後の同年一一月二八日の取り消された取引を含めると、わずか二か月間の取引で六一二万二〇〇〇円もの手数料がかかっており、大きな利益を得ない限り、早晩原告が投資額の全額を失うことになっていた。

また、被告の手数料は、米国で取引する一〇倍以上であり、本件取引は、実質的に被告の手数料稼ぎにすぎなかった。

(九) また、被告について、正式な機関に原告の注文を執行することなく、業者限りで注文を処理してしまう呑み行為の疑いも持たれる。

4  被告の責任

(一) 不法行為責任(被告自身の不法行為ないし使用者責任)

被告は、以下のとおり、自らの不法行為及び予備的に従業員である被告担当者らの不法行為についての使用者責任により、原告に対し損害賠償責任を負う。

(1) 規正法

本件オプション取引には規正法がないが、国内公設先物取引についての規正法(商品取引所法、以下「商取法」という。)の趣旨や、海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下「海先法」という。)の趣旨は、本件オプション取引にも当てはまる。

(2) 断定的判断の提供

商取法九四条一号は、顧客に対して利益が生じることが確実との誤解を生じさせる断定的判断を用いてはならないと規定しており、海先法一〇条一号にも同様の規定があるところ、被告担当者Bは、一週間だけ委せて貰えば儲かりますと述べて断定的判断を提供した。

(3) 説明義務違反

本件取引は非常に複雑かつ危険なものであったから、かかる取引を自ら希望するのでない者に勧誘するに当たっては、その仕組み、危険性等を十分に説明して顧客の納得の上で取引させるべきであるが、本件で被告担当者からそのような説明は全くなされなかった。

(4) 無断売買、一任売買

無断売買・一任売買は、商取法九四条三号、四号、同法施行規則三二条、三三条三号及び海先法一〇条三号、四号で禁止されているところ、本件では、最初から取引が被告担当者Bに一任され、また、最後の同年一一月二八日の取引は無断取引であった。

(5) 取引自体の不当性(不当売買・無意味な反復売買)

① 本件は、原告が取引についてよく分からないままに、何度も頻繁に取引が行われている。

② 価格が明らかでなく、価格形成の仕組みが全く分からない。

③ 報告書の内容が分からない。

被告は、原告をして以上のような不当な本件取引を行わせることにより、手数料稼ぎを行ったものである。

(6) 詐欺

被告担当者Bは、前記のとおり、本件取引で不足金が生じているとの虚偽の事実を申し向けて、平成八年一〇月二九日、原告から二二八万四七五〇円を騙取した。

(7) 精算金返還遅延

本件で、三六二万二五二九円の精算金が発生し、原告から被告に対して同額の債権が生じていることを被告は認めながら、この返還を拒否しており、これは、商取法施行規則三三条一号の趣旨及び海先法一〇条五号の趣旨に反する違法行為である。

(二) 債務不履行責任(予備的)

被告は、原告から本件オプション取引の委託を受けた契約関係にあったところ、本件のような危険な取引を受託するに当たっては、顧客に対して其の取引の概要を説明し、顧客が不測の損害を被らないようにする契約上の義務があるのにこれを怠り、前記のとおりほとんど説明せず、かえって必ず儲かるなどと不当な文言を用いて取引に引き込んだもので、債務不履行により損害賠償責任を負う。

5  損害

(一) 本件取引による損害 一二二八万四七五〇円

(二) 弁護士費用 一二二万円

6  よって、原告は被告に対し、不法行為又は予備的に債務不履行による損害賠償請求として、一三五〇万四七五〇円及びこれに対する原告の出捐金の最終支払日である平成八年一〇月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2(一)は認める。

但し、被告が行っているのは海外商品オプション取引あるいはオプション取引であり、原告が、先物取引のオプション取引であると表現するのは正確でない。

(二)  同3(二)のうち、本件オプション取引のプレミアム価格が日経新聞に掲載されていないことは認め、その余は争う。

海外商品先物取引の取引価格は日経新聞の夕刊や証券新聞に掲載されているし、インターネットによっても情報が開示されている。また、本件オプション取引のプレミアム価格は新聞に掲載されていないが、インターネットでの検索は可能であるし、被告は、顧客からの要望があればロイターのプレミアム価格表をファックスによって顧客に送信している。

また、商品価格の変動が把握できる以上、オプション価格についても推定は可能である。

3(一)  同3(一)のうち、原告がプリネールと平成三年秋ころから海外商品先物取引を行っていたことは認め、その余は不知。

(二)  同3(二)のうち、被告担当者Bが、平成八年一〇月ころ、原告に対し電話で本件オプション取引を勧誘したこと、同人が原告のもとを訪れたこと及び同人がプリネールから一二〇〇万円を回収したことは認め、その余は否認する。

Bが原告のもとを訪れた際、原告は、現在プリネールと取引を行っているが損失が出ていること及び今取引を止めれば残金は五〇〇万円である旨話した上、同社から損失を取り戻してくれるよう、同社との交渉をBに依頼し、かつ、取り戻せたら、その金で被告と取引すると述べたものである。そこで、Bはプリネールと交渉し、残金が二〇〇万円であったのを、一二〇〇万円を返還させることで和解を成立させたのである。

(三)  同3(三)のうち、原告が本件オプション取引を開始したこと、被告に一〇〇〇万円が入金されたことは認め、その余は否認する。

Bが回収した金額一二〇〇万円のうち一〇〇〇万円を被告に入金して取引を開始したのは、原告からの申し出によるものであり、Bが本件オプション取引の開始に当たって、「一週間ほど委せてくれれば必ず儲かります。」などと言ったことはない。

また、先物取引の知識がある者であれば、本件オプション取引は当然に理解できる。

(四)  同3(四)は認める。

(五)  同3(五)のうち、被告が原告に報告書等(甲五ないし八)送付したことは認め、その余は否認する。

原告が被告との取引開始から一週間後に、取引終了を申し出たことはなく、Bが原告主張のような発言をしたこともない。

(六)  同3(六)のうち、平成八年一〇月二九日に原告が被告に二二八万四七五〇円を支払ったことは認め、その余は否認する。

Bが取引に損失が出て不足金が生じていると原告に連絡したことはなく、その時点では原告に損失は生じていない。右支払金は、同月二八日に原告が買付取引した分の代金である。

(七)  同3(七)のうち、同年一一月二八日に被告担当者が新大阪駅で原告と会ったこと、同月二九日に前日の取引の了承を含めた書類にサインを求めたが、原告がサインをしなかったこと、被告担当者が同月二八日の取引をなかったことにしてよいと申し入れたことは認め、その余は否認する。

被告担当者が同月二八日原告と会った際、原告に伝えたのは、右時点で買い付け時より評価が下がっていることだけであり、それを聞いた原告が、新たな取引をすることを決め、被告がそれに従って注文を執行したものである。

被告が、右取引をなかったことにしてよいと原告に申し入れたのは、無断取引であることを認めたためではなく、早期に解決されるのであれば、争いを拡大する必要がないと考えたためである。

(八)  同3(八)、(九)はいずれも争う。

4(一)  同4(一)のうち、本件オプション取引につき規正法がないことは認め、その余はいずれも争う。

(1) 断定的判断の提供について

前記のとおり、本件取引は、原告の申し出により始まったのであり、被告担当者が必ず儲かるなどと述べたことはない。

(2) 説明義務違反について

被告担当者は原告に対し、本件オプション取引の開始に当たり、オプション取引についての詳細な解説書である「オプショントレードガイド」、「海外商品市場における先物取引委託の手引き(米国市場)」及び「リスク開示告知書」(乙一ないし三)を渡しており、原告は、従前から岡安商事株式会社やプリネールで長期にわたり海外先物取引を行ってきており、その経験及び社会的地位からして、被告の説明や交付した資料により、十分に本件オプション取引の内容やリスクを知り、または知り得たはずである。

(3) 一任売買・無断売買について

本件取引は、最終の取引も含め原告の注文に応じてなされたものである。

(4) 取引自体の不当性(不当売買・無意味な反復売買)について

先物取引を行っていた者にとって、本件オプション取引の理解は容易であり、原告は、本件取引の内容を十分理解して行ったものであり、報告書等の内容も理解できなかったはずはない。

(5) 詐欺について

被告担当者が虚偽の事実を申し向けたことは否認する。

前記のとおり、平成八年一〇月二九日に原告が被告に支払った二二八万四七五〇円は、同月二八日に原告が買付取引した分の代金である

(6) 精算金返還遅延について

最終の取引が、原告の注文がないのになされたとすれば、原告主張の精算金が存在するが、右精算金の返還義務は、原告の右注文がなかったことが確定して初めて発生するものである。

(二)  同4(二)は争う。

5  同5は争う。

第三証拠関係は本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2について

1  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同2(二)事実中、本件オプション取引のプレミアム価格が日経新聞に掲載されていないことは当事者間に争いがなく、また、商品先物取引が商品市況の変動によるリスクを伴うことは自明のことであるし、海外商品先物取引が、原告主張のとおり、①現地の事情で市況の変動があること、②国内の事情に比較して、海外の事情を日本で把握するのがより困難であること、③海外での取引時間と日本での生活時間に時差があること、④為替リスクが加わること、⑤海外での取引について、日本政府の監督が及びにくいことなども、社会通念上、容易に首肯しうることである。なお、手数料についての一般的比較は、本件証拠上明らかでない。

そして、本件オプション取引について、そのプレミアム価格が日経新聞に載っていないことは前記のとおりであるが、証拠(乙九)及び弁論の全趣旨によれば、右のプレミアム価格は我が国の一般の公刊物には掲載されていないこと、但し、インターネットでの検索は可能であり、また、被告は、顧客の要望があれば、ロイターのプレミアム価格表をファックスによって顧客に送信していることが認められる。

なおまた、オプション価格の値動きは、商品市況の変動に連動するものであるが、その関連性が先物取引のそれより複雑となることも理解しうるところである。

三  請求原因3について

1  請求原因3(一)のうち、原告がプリネールと平成三年秋ころから海外商品先物取引を行っていたこと、同(二)のうち、被告担当者Bが、平成八年一〇月ころ、原告に対し電話で本件オプション取引を勧誘したこと、同人が原告のもとを訪れたこと及び同人がプリネールから一二〇〇万円を回収したこと、同3(三)のうち、原告が本件オプション取引を開始し、一〇〇〇万円が被告に入金されたこと、同3(四)の事実、同3(五)のうち、被告が原告に報告書等(甲五ないし八)を送付したこと、同3(六)のうち、同月二九日に原告が被告に二二八万四七五〇円を支払ったこと、同3(七)のうち、同年一一月二八日に被告担当者が新大阪駅で原告と会ったこと、同月二九日に被告担当者が前日の取引の了承を含めた書類にサインを求めたが、原告がサインをしなかったこと及び被告担当者が同月二八日の取引をなかったことにしてよいと申し入れたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と、証拠(甲一、二の1、2、三、四、五の1ないし5、六の1ないし5、七の1ないし7、八、九の1、2、一〇、一五ないし二〇、乙一ないし八、一〇ないし一二、一八、一九の1ないし16、二〇の1ないし9、二一の1ないし5、二二の1ないし5、二三ないし二五、二六の1ないし4、証人C、同D、原告)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、a株式会社の常務取締役の地位にあるが、かって岡安商事株式会社で国内先物取引を一〇〇万円程度の資金で約二年間行ったことがあり、また、平成三年秋ころから平成八年一〇月まで、プリネールと海外商品先物取引を行っていた。

原告は、先物取引の概要は一応理解していたものの、自ら値動きを予想する知識や情報もないまま、プリネールの担当者の短期間に利益が上げられるとの勧誘に応じて取引を行ったが損失が生じ、その損失を取り戻すためとの勧誘に従って取引を続けた結果、一〇数回にわたる取引により約一五〇〇万円の損失を被るに至っていた。

(二)  平成八年一〇月ころ、被告担当者のBが原告のもとを訪れ、本件オプション取引を勧誘したが、原告はプリネールとの取引により、約一五〇〇万円の損失を被っているとして断った。

しかし、Bは、プリネールの取引は不当なものであるとして、自分に交渉を委任するならプリネールから投資金を回収してくる旨申し入れた。原告は、同人が現実に投資金を回収できる可能性はないと考えたものの、同人が強く勧めるため委任状を交付したところ、同人は、同月八日、プリネールとの間で、同社が原告に一二〇〇万円を返還するとの和解を成立させた。

そして、Bは、その旨を原告に報告するとともに、右和解金のうち一〇〇〇万円で被告と本件オプション取引を行ってほしい旨申し入れた。これに対し、原告は、いったん右和解金全額を原告に交付するよう要求したが、同人は、「自分の上司が一所懸命動いてやっと取り戻したのであるから、すぐに被告に入金して取引をして貰いたい。一週間位委せてくれたら必ず儲かります。」などと強く申し入れた。これに対し、原告は、同人が和解金を回収してくれたことへの謝礼の意味と、一週間程度であれば損失が出ても大したことはないであろうとの気持もあって、被告と本件オプション取引を行うことに同意した。

(三)  そして、本件取引開始に当たり、被告は原告に対し、オプション取引についての解説書である「オプショントレードガイド」、「海外商品市場における先物取引委託の手引き(米国市場)」及び「リスク開示告知書」(乙一ないし三)を交付した。また、Bが本件オプション取引について原告に説明を行い、その後も、原告において折に触れBやその上司であるE(以下「E」という。)に本件オプション取引につき説明を求めた。

しかし、前記解説書は一般人にとって容易に理解しうるものではなく、原告においても前記解説書を読んでもよく理解できず、BやEらに説明を求めても同人ら自身必ずしも理解が十分でなく、的確な説明が得られなかった。そのため、原告としては、商品市況の変動に応じてオプション価格も動くという程度の理解を得ていたにすぎず、自ら値動きを予想する材料もなく、もっぱら被告担当者のBらの提案が適切なものと信頼して取引を行うほかなかった。

(四)  原告は、同年一〇月一一日以降、別紙顧客勘定元帳のとおりの本件取引(コールオプション及びプットオプションの買付は同月二八日まで、その転売は同年一二月一〇日まで)を行ったが、そのうち、取引開始直後の同年八月一一日に買い付けたコールオプション及びプットオプションの買付代金は合計七五七万二五七四円となり、被告の手数料は消費税を含めると一八五万四〇〇〇円であり、預り金一〇〇〇万円のうち合計約九四〇万円が右取引に充てられた。

なお、本件取引全体を通じての被告の手数料は合計三九四万二〇〇〇円であり、消費税を含めると合計四〇六万〇二六〇円となる。

その間、被告担当者Bは、本件取引につき、事前に原告に連絡して取引につき了解を得ていたが、原告としては、前記のとおり自ら値動きを予想し得たものでなく、もっぱら被告担当者を信頼してその勧誘に応じたにすぎない。また、被告は、事後的に報告書等(甲五ないし八)を原告に送付していたが、原告は右報告書等の見方の説明を受けておらず、どのような取引が行われたかにつき、よく理解できないままであった。

(五)  原告は、本件取引を開始して一週間後に、被告担当者Bに取引を終了することを申し出て、損失が出ていてもよいから残金を返還するよう求めたが、同人は、客にマイナスを出すと会社の信用にかかわるなどと言って取引を終了させなかった。

(六)  また、原告は、同年一〇月二八日にコールオプションの買付を行ったが、その時点で預り金が僅か三万七九二八円であったため、右買付代金一八七万二七五〇円と手数料四一万二〇〇〇円(消費税込み)の合計二二八万四七五〇円について、被告担当者Bは原告に不足金として支払を求めた。

これに対し、原告は、本件取引により損失が発生しており、右金額の追加証拠金(いわゆる追証)を支払わなければならないものと誤解し、被告の要求に応じて右金額を支払った。

(七)  しかるところ、同年一一月二八日、原告は、被告担当者のB及び東京から来たC及びEと新大阪駅で会ったところ、同人らは、本件取引により大きな損失が出ているので外科手術が必要であるとし、「これまでと違ったやり方で損を回復させるので、自分たちに任せて欲しい。」と言って、新たな取引を勧めた。しかし、原告は、右申し出を強く断った。

しかるに、被告は、翌二九日、コールオプション一〇九枚の売付(必要保証金二七二五万円、手数料二一八万円、甲一七)及びプットオプション一〇九枚の買付(代金七五一万五五二三円、手数料二一八万円、甲五の5)を行った上、原告の勤務先を訪れ、原告に対し右取引は原告の注文によりなされたものであるとして、原告に了承のサインを求めたが、原告は右注文をなした事実はないとして即座に拒否した。

その後も、被告担当者が原告に対して右取引を認めるよう何度か申し入れたが、原告においてその都度拒否していた。そして、原告は、このような被告の姿勢に疑問を抱き、山﨑敏彦弁護士(原告訴訟代理人)に相談した。同弁護士は、同年一二月六日付け内容証明郵便により被告に対し、本件取引が不当なものであるとして、損害賠償を求めたところ、同月一〇日、被告担当者Eから原告に対し、同年一一月二八日に原告の注文があったとする前記取引については、なかったことにしてよいとの申し入れがあった。

なお、山﨑弁護士からプリネールに対しても損害賠償請求をなした結果、同社は原告に一五〇万円を返還した。

(八)  なお、被告の計算によれば、同年一一月二九日の取引を除くと、被告が原告に返還すべき本件取引による精算金は、三六二万二五二九円である。

(九)  被告はもと不動産会社であったが、平成七年四月から本件オプション取引を主たる業務とするようになった。

被告は、顧客からの毎日の注文を午後九時ころに集計し、アメリカの取次業者であるランボーンセキュリティーズに注文を出し、その取り次ぎによりCBT(シカゴ穀物取引所)などのアメリカの取引所に注文を執行するというシステムをとっている。そして、その手数料としてオプション一枚につき一三ドル(往復で二六ドルで、日本円に換算すると、例えば、一ドル一二〇円の為替レートで三一二〇円である。)を支払っている。

これに対し、被告は、注文を受けた顧客からは、例えばCBTの大豆の場合でオプション一枚につき三万円の手数料を取得している。ちなみに、原告は、本件取引のため、合計一二二八万四七五〇円を出捐しており、これより前記精算金三六二万二五二九円を差し引くと実質損失額は八六六万二二二一円となるが、これに対して、手数料は、前記のとおり消費税を含めると合計四〇六万〇二六〇円であり、実質損失額の約四七パーセントに相当し、また、原告の出捐額の約三三パーセントに相当する。

また、被告は、ロングストラドル(同一権利行使価格でのコールオプションの買付とプットオプションの買付の両建て)やロングストラングル(異なる権利行使価格での右同)という投資方法をしばしば採用しており、原告との本件取引についても、ロングストラングルを多用しているが、これらの投資方法は、大幅な値動きがあった時に利益が出るが、小さい値動きでは損失が生ずるものであり、その点で投機性の高いものである。

そして、被告の管理部部長の地位にあるDは、本件オプション取引を行った顧客の七割は損失を被ると認識しており、本件オプション取引のリスクが極めて大きいことが実績にも顕れている。

3  右認定に対し、被告は、原告の方から本件取引を被告担当者Bに申し入れたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

また、被告は、平成八年一一月二九日の取引が原告の注文に基づき行ったものであると主張し、証人Cの証言及び同人作成の陳述書(乙二五)中の陳述記載には右主張に沿う部分があるところ、その証言等の内容は、同月二八日に同人らが新大阪駅で原告と会った際は挨拶のみで終わり、翌二九日に電話でのやりとりで原告から取引の承諾を得たと理解しているなどというのであるが、同人らがわざわざ東京から赴き新大阪駅で原告と会いながら挨拶のみで終わったというのはいささか不自然であるし、電話で取引の承諾を得たという状況についての証言内容は、原告の損失を挽回するための起死回生策を提案したというのに、どのような説明を行ったか記憶がないなどと証言するなど極めて曖昧であること、そもそも、前記認定のとおり、被告が同月二九日に行った取引のうちコールオプションの売付は、必要保証金二七二五万円という巨額の資金を必要とするものであり(手数料を含めると、三〇〇〇万円近くになる。)、かつまた、オプションの売付は、買付と異なり損失が無限大となる可能性のある著しくリスクの大きい投資であり(乙一)、かかる投資行為を原告が電話での簡単なやりとりだけで承諾するとは到底想定しがたいこと、他方、原告は、被告から右取引を承認するよう求められた当初から、一貫して拒絶する姿勢を堅持しており、取引の結果が期待に反したため態度を変更したような状況はみられないことなどに照らし、証人Cの前記証言等は信用しがたく、他に、前記認定に反する証拠はない。

4  他方、原告は、被告が正式な機関に原告の注文を執行することなく、業者限りで注文を処理してしまう呑み行為を行っていた疑いがあると主張するが、被告が現にそのような呑み行為を行っていたことを認めるに足る証拠はない。

四  請求原因4について

1  不法行為責任について

(一)  取引業者の注意義務について

本件オプション取引について、我が国には規正法がないことは争いがないが、商取法や海先法の規制の趣旨は本件オプション取引についての取引業者の注意義務を考える上で指針となるものである。

すなわち、取引業者としては、顧客に取引の仕組みや内容及び危険性を十分に説明し、顧客が危険性の高い取引を安易に行うことのないようにし、また、投資の見込みにつき誤解を生じさせる言動をしないようにすべき注意義務がある。さらに、本件オプション取引は極めてリスクの大きい取引であるから、取引業者としては、自ら投資判断をする知識能力のない顧客に具体的な投資行為を提案するに当たっては、できる限り顧客が損失を被らないよう、投資判断の材料となる情報を十分に収集分析し、合理的な予想に基づき慎重になすべき信義則上の注意義務(顧客に対する忠実義務)があり、もっぱら自己の手数料稼ぎのために合理的な投資判断に基づかない無意味な売買を反復して行わせ、顧客の危険を省みずに自己の利益を図ることは、当然に違法性を有するものといわねばならない。

そこで、原告主張の責任原因について、以下検討する。

(二)  断定的判断の提供について

原告は、被告の勧誘行為の違法性として、本件取引の開始に当たり、被告担当者Bが一週間位で必ず儲けが上げられるとの断定的判断の提供をしたと主張するところ、前記認定事実に照らすと、Bが原告に対し右のような発言をなした事実は存するものの、原告が被告との取引を開始したのは、プリネールから和解金を回収してきたBに対する謝礼の意味と、一週間程度であれば損失が出ても大したことはないであろうとの気持からであると認められ、原告の従前の投資経験等を考え併せると、Bの右発言が、原告をして確実に利益が上げられると誤信せしめる断定的判断の提供に当たるとは認めがたい。

(三)  説明義務違反について

前記説示のとおり、被告は、原告と本件オプション取引を開始するに当たり、その内容や仕組み及び危険性を十分に説明すべき注意義務を負っていたと解されるが、前記認定事実に照らせば、被告担当者Bは、原告に対し、「オプショントレードガイド」等の解説書を交付しているものの、その内容は一般人にとって容易に理解できるものでなかったし、またBらもその仕組み等につき十分な説明ができなかったものである。

のみならず、前記のとおり、Bは原告に対し、一週間位で必ず儲けが上げられると発言しており、原告が、右発言を額面どおり信じたのでないとしても、本件オプション取引の危険性に対する原告の認識を稀薄にし、一週間程度であれば大した損失は出ないとの安易な気持で本件オプション取引に踏み切らせる原因となったことは否定できない。

しかるところ、本件オプション取引は、それ自体リスクの大きいものであるが、前記認定のとおり、取引に伴い被告が取得する手数料が多額に上り、相当程度の利益が上げられなければ、損失を被ることになり、その点でリスクが加重されていることになる。実際に、被告の管理部部長であるDの認識では、顧客の七割が損失を被っているという実績があるというのであるから、かかる危険性の高い投資を顧客に勧誘するに当たっては、その点を十分に説明し、理解せしめた上で行うべきであったといわねばならない。

したがって、被告には、本件オプション取引についての説明を怠った注意義務違反があるというべきである。

もっとも、原告は、従前から海外先物取引等を行って多額の損失を被っており、その経験等から本件オプション取引の危険性をある程度認識しえたものといえるが、前記認定事実に照らして、その認識が十分なものであったとは思われず、むしろ、Bの前記発言によって危険性の認識が稀薄になったものであるから、被告は説明義務違反の責任を免れない。

(四)  無断売買・一任売買について

前記認定事実によれば、被告は、平成八年一一月二九日の取引を除き、本件取引については原告の個別の了解の下に注文を執行していることが認められ、無断売買・一任売買に当たる行為があったことは認められない。

なお、平成八年一一月二九日の取引については、前記認定のとおり原告の承諾なくなされたもので、無断売買に当たると解されるが、その効果は原告に帰属しないから、原告に損失を与えるものではない。

(五)  取引自体の不当性(不当売買・無意味な反復売買)について

前記説示のとおり、本件オプション取引は極めてリスクの大きい取引であり、被告としては、顧客が損失を被る危険性を最小限に止めるよう、合理的な投資判断に基づき慎重に投資行為を提案すべき信義則上の注意義務を負っており、もとより投機行為である以上、結果として損失が生ずることがあるのはやむを得ないものの、自己の手数料稼ぎのために無意味な売買を反復して行わせることは当然に違法行為となると解される。

前記認定事実によれば、本件取引はいずれも被告担当者の誘導により行われたものであるところ、取引開始後直ちにロングストラングルという投機性の高い手法を用いて多額のオプションを買い付けさせているが、これが、どのような投資判断に基づきなされたものかは、本件証拠上明らかでなく、その後の取引についても同様である(ロングストラングルは、大幅な値動きが予想されることが前提となるが、本件でそのような予想が合理性を有したことを認めるに足る証拠はない。なお、本件取引に関与した被告担当者のBの証人尋問は、同人に対する呼出状不送達により実施できなかった。)。ところで、前記認定説示のとおり、平成八年一一月二九日の取引は、被告担当者のBやCらが原告に無断で注文を執行しながら、原告にこれを承認させようとしたものであり、しかも、右取引のうちコールオプションの売付は、二七二五万円という巨額の保証金を必要とし、かつ損失無限大の著しくリスクの大きい取引であって、かかる取引を原告に押し付けようとしたBらの行動からは、原告が損失を被る危険を省みず自己の利益を図る姿勢が顕著に窺われるのであり、ひいては、本件取引全体につき被告の勧誘及び投資の提案の合理性に疑問を抱かざるを得ない。しかも、前記認定のとおり、被告担当者Bは、原告の取引終了の申し出を受け入れずに取引を続けさせていること、本件取引による実質損失額に占める手数料の額が約四七パーセントという異常に高い割合に及んでいること(他方、被告が注文執行のために負担する手数料は、その一〇分の一程度である。)など、前記認定説示の諸事情を総合考慮すると、他に特段の立証のない本件では、被告は、顧客である原告にできる限り損失を被らせないようにすべき信義則上の注意義務に違反し、主として自らの手数料稼ぎのために、合理的な投資判断に基づかずに短期間に多額の取引を誘導し、これを行わせたものと推認するのが相当である。

そうすると、本件取引について、被告は、右の点でも取引業者としての注意義務に違反したものというべきである。

(六)  詐欺について

原告は、被告が原告に対してから本件取引で不足金が生じているとの虚偽の事実を示して、平成八年一〇月二九日、原告から二二八万四七五〇円を騙取した旨主張するが、前記認定事実によれば、同月二八日になされた取引の買付代金が従前の預り金によっては賄えず不足が生じたため、その支払を求めたものであることが認められ、被告が欺罔行為をなしたとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(七)  精算金返還遅延について

前記認定事実によれば、被告は原告に対し、本件取引の精算金三六二万二五二九円を返還すべきであることが認められるが、その返還義務の不履行は、債務不履行責任を生じさせることはともかく、不法行為を構成するものとは解しがたい。

2  以上のとおり、被告は、前記(三)、(五)の注意義務に違反したことにより、原告に対し不法行為責任を免れない。

五  請求原因5について

1  本件取引による損害

(一)  原告は、被告の違法行為により本件取引のために合計一二二八万四七五〇円を出捐したものであるから、右金額が被告の不法行為と相当因果関係のある損害となる。

(二)  しかしながら、原告が、本件取引前に他の取引業者と海外商品先物取引を長期にわたり行い、多額の損失を被った手痛い経験があることや、その社会的地位等を考慮すると、被告担当者Bの違法な勧誘ないし誘導があったとはいえ、自ら本件オプション取引の危険性を認識し、右のような勧誘等に対しても毅然として拒否の態度をとり、もって本件損害を回避することが不可能であったとはいえず、漫然、大した損失は出ないであろうとの気持から勧誘に応じた原告の投資行動自体、いささか軽率かつ安易にすぎるとのそしりを免れず、これらの事情やその他諸般の事情を総合考慮すると、過失相殺として、前記損害額のうち、前記精算金相当額三六二万二五二九円を控除した実質損失額八六六万二二二一円の六割を減ずるのが相当である(精算金相当額については、過失相殺の対象とするのは相当でない。)。

したがって、認容額は、実質損失額の四割相当三四六万四八八八円と精算金相当額三六二万二五二九円との合計七〇八万七四一七円となる。

2  弁護士費用

被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害としては、前項の認容額等を考慮すると、七〇万円が相当である。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、不法行為による損害賠償金七七八万七四一七円及びこれに対する平成八年一〇月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中澄夫)

<以下省略>

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